師範 櫻町泰山
私が書道を始めたのは58歳のときだった。Facebookで公表すると、「いいね」がいくつかついたが、「先生は美人か?」という下種な勘繰りを入れる輩もいた。確かにこの歳で書道を始めるというのは少し不思議な事なのかもしれない。
それまでの私の趣味は、乗馬、ゴルフに登山とアウトドア指向だった。しかしこれらは、腰椎ヘルニア、頸椎ヘルニア、そして狭心症の発症など、悉く体の不具合で中止を余儀なくされた。そんなとき「あなたも書道をやりなさい」と声をかけたのは母だった。母は50過ぎから書道を始め、30年以上続けていた。確かに、体のどこが痛くても筆くらいは持てそうだ。実用的でもあるし、芸術としても奥が深い。そして小杉先生の教室が自宅から徒歩2分という幸運!これだけの好条件が重なれば、これは神の思し召し。勇気を出して戸を叩くことにした。
書道を始めてから、ときどきその成果を母に見せに行った。当初はボロクソに貶されたが、ある時からときどき褒めてくれるようになった。書展に一緒に行ったり、彼女の書道自慢話を聞くこともできた。そんな母が一年ほど前に他界した。母の部屋を整理すると、書道の本がたくさん出てきたので、役に立ちそうなものを数冊頂いた。遺品を受け継げたことで、少し親孝行ができた気がしている。
昇段試験には、根気よく作品を提出して挑戦した。結構とんとん拍子に昇段したので少し甘く見ていたが、さすがに師範の壁は高かった。繰り返し貰う「不合格」にめげずに続けて、昨年やっと師範合格を頂いた。それはちょうど母が逝った直後の昇段試験だったのには、何か因縁を感じてしまう。
「何で書道を?」と聞かれることがある。「いつまで続けるのか」と自問することもある。まだ答えはないが最近思うのは、私は字を書くのが好きなようだ、と言う事。「好きこそものの上手なれ」という言葉を頼りに粛々と続けたいと思っている。始めた頃小杉先生に「どうしたら手が震えずに書けますか」と聞いて、「慣れですね」と軽くあしらわれたが、そういえば最近、筆の震えが減ってきたような気がする。少しは「慣れ」たのだろうか。何かができるようになるのは実に楽しい、そう感じる今日この頃である。